今回は、資料の返却遅れ(延滞)を減らすための努力の外国版です。
調査対象は23か国の100市の図書館、そのほとんどがヨーロッパ、アジア、北アメリカにあり、内訳は次のとおりです。
17市=アメリカ
7市=ドイツ
6市=イギリス、ニュージーランド
5市=オーストラリア、オランダ、カナダ、中国、デンマーク、フィンランド、フランス
3市=アイルランド
2市=ハンガリー、フィリピン、ロシア
調べは各館のウェブサイトにより、時期は2022年3月、内容は資料の返却についての注意喚起、返却の督促、延滞に対する罰金です。
(1)資料の返却についての注意喚起
延滞を防ぐ第1ステップは、図書館の利用者が貸出・返却についての規則を知ることです。規則の周知方法はいくつかありますけれど、ウェブサイトへの掲載は図書館へ足を運ばなくても分かり、いつでも確認できるという利点がありますね。
①ウェブサイトの延滞関連情報
図書館がウェブサイト内のサービス案内、FAQ(よくある質問)、利用規則などで期限内の資料返却について注意喚起をしているのは日本と同じで、日本と少し違うと感じたのは、次の3点でした。
1. 外国のばあい、公立図書館のルールや規則がウェブサイトで比較的簡単に見つけられるのに対して、日本のルールや規則は年次報告類に含まれている例が散見され、見つけるのに手間がかかる。
2. 日本の図書館の利用規則は時にむずかしい法律のような文章になっていて、判読しなければならない。それに対して、外国の規則はおおむね分かりやすく表現されている。
3. 日本の図書館の注意喚起はしばしば《お願い》調で書かれているが、外国の注意喚起には《お願い》というニュアンスがなく、借りた資料を大切にあつかい、それを期限内に返却することが《借りた人の責任》だということを簡潔・明瞭に伝えている。
②返却期限日の予告と自動更新
延滞を防ぐための第2のステップは、返却期限の予告サービスでしょう。図書館のIT化が進み、スマホやパソコンをもつ人が増えていますので、このサービスは手間がかからない上に、有効だと思われます。ただし、それを必要ないとか煩わしいと感じる人もいるため、ほとんどの図書館は希望者に対する無料サービスとしています。
日本では、ウェブサイトに延滞関連情報があった174館のうち、返却期限日が近いことを利用者にメールで知らせていたのは4館だけ(2.3%)でした。外国では、ウェブサイトに延滞関連情報があった100館のうち、返却期限日が近いことを利用者にメールで知らせていたのは12館(12%)でした。
珍しい例をふたつご紹介します。
延滞罰金を廃止したメルボルン市立図書館(オーストラリア)では、図書の貸出冊数上限が50冊、貸出期間は21日、貸出の更新は4回まで可能です。珍しいのは、図書館が返却期限日の予告メールを7日前、5日前、3日前に出すことです。延滞を減らそうという意図がはっきりしていますね。
2022年1月に延滞罰金を廃止したピッツバーグ市カーネギー図書館(アメリカ)も珍しい試みをしています。この図書館の利用者は、999冊(点)の資料を3週間の期限で借りることができます。他の人からの予約が入っていない限り、何と6度まで貸出の更新ができます。そして「返却期限を守れなくなるのを心配する必要はありません。貸出の更新をしてもよい資料{予約のない資料}は、返却期限日かその少し前に自動的に更新されます」というわけで、ここまでユーザー・フレンドリーにされると、利用者は延滞で図書館を困らせにくくなりますね。
借りている資料に他の人からの予約がない限り、5回まで貸出を更新できる図書館があります。オーストラリアのキャンベラを含む首都圏図書館、フィンランドのエスポー市とラハティ市の図書館です。いずれも普通図書の貸出期間が28日間なので、予約が入らない限り、1度目の更新をするまでの28日を加えれば28日×6=168日も借りつづけることができる計算です。
(2)返却の督促
図書館からの返却督促は、延滞を減らすための第3ステップです。
100館中の26館(26%)が返却の督促についてウェブサイトに記載していました。日本では延滞関連情報がウェブ上で確認できた174館中の20.1%が督促について記載していましたから、割合は大差ないことになります。
今回調べた外国の図書館の督促回数は1回から4回まであり、多くは2回または3回で、最初の督促時期で最も多いのは、期限の7日後(1週間後)でした。返却期限後、数日のうちに返却する人が少なくないので、しばらくは様子をみるということでしょうか。
最も早い督促の例は期限切れの翌日で、ウォーターフォード図書館(アイルランド)とメルボルン市立図書館(オーストラリア)でした。複数回の督促を行なう図書館で最終督促が最も遅いのは60日後のデリー公共図書館(インド)、ついで50日後のミュンヘン市立図書館(ドイツ)、49日後のクリスティアンサン公共図書館(ノルウェー)などで、この3館は督促と同時に代替資料入手費用または/および督促料の請求書を送るようになっています。
日本との違いを感じたのは、督促を行なう時期や回数、通信手段、督促料金(手数料)などが利用者に分かりやすく書かれている点です。
スイス、スウェーデン、ドイツ、ノルウェー、フィンランドなどの図書館では督促料金を請求しています。中でも、スイスのチューリッヒ中央図書館のばあい、1資料当りで督促料金を請求され、1,2回目に資料当り5スイスフランを請求される督促料金が最終の3回目には資料当り倍額となります。
このように、督促の回数がふえるにしたがって(ということは延滞期間が長くなるにつれて)督促料金が高額になるのは、他の国でも珍しくはない傾向でした。「いい加減にしてください」という罰金的なニュアンスが込められているのでしょう。
(3)資料を延滞した人への罰金
資料の延滞者に罰則を適用するのが、延滞を防ぐ第4かつ最終ステップです。ここでは罰則を大きく《罰金》と《貸出停止》に分けてご説明します。
①延滞に対して罰金を科している図書館
罰金を科すことがわかったのは、21か国の67館(67%)で、罰金を科す図書館が見つからなかった国は、アイルランド(3館調査)と韓国(4館調査)でした。
調査した図書館数が他の国とくらべて特に多くなったのはアメリカです。その理由は、①近年、アメリカでは罰金を廃止する公立図書館が増えてきた、②おおむねウェブサイトが充実していて情報が詳しい、③複数の図書館が罰金を廃止した理由を説明している、などです。
以下は罰金を科す図書館が見つかった国と図書館数で、表記は、「国名=罰金を科す図書館数(調査した図書館数)」の形になっています。また、督促料や督促手数料を名目として図書館がお金を徴収する例も罰金とみなした結果です。
イギリス=6(6) イスラエル=1(1)
インド=1(1) オーストラリア=1(5)
オランダ=5(5) カナダ=4(5)
スイス=3(4) スウェーデン=4(4)
タイ=1(1) 中国=5(5)
デンマーク=5(5) ドイツ=7(7)
ハンガリー=2(2) フィリピン=2(2)
フィンランド=5(5) フランス=5(5)
ロシア=1(2)
②図書館が罰金を廃止したいくつかの理由
1. 罰金はマイナス効果をもたらしている
罰金は少額であっても、低所得の個人や家族にとっては負担である。(カンザス市公共図書館、スウォンジー公共図書館)
その結果、罰金を払えない人たちが図書館を利用しなくなっている。(シアトル公共図書館)
ということは、罰金が図書館へのアクセスを不公平に制限していることになる。(サンフランシスコ公共図書館、ピッツバーグ市カーネギー図書館)
「罰金が図書館の利用者にとって障壁となることを望まない。」(ニュージーランドのクライストチャーチ市立図書館長)
2.罰金は期限内返却の促進にとって必ずしも有効ではない
罰金を(テスト的に)廃止しても、延滞は増えなかった。(サンフランシスコ公共図書館、ピッツバーグ市カーネギー図書館)
罰金を廃止した図書館が、「罰金は返却率にインパクトを与えない」(シアトル公共図書館)こと、言い換えれば「罰金は期限内返却の効果的なインセンティブではない」(スウォンジー公共図書館)ことを証明した。
3.罰金の廃止には意義がある
罰金の廃止はコミュニティのより多くの人たちが図書館の資料、資源、サービスにより多くアクセスすることを意味する。(カンザス市公共図書館)
「図書館の罰金廃止が意味するのは、メルボルン市図書館を利用するすべての人が、私たちの多くのすばらしい資源を障壁なく利用する機会を得たということ。」(オーストラリアのメルボルン市立図書館)
4.すでに多くの図書館が罰金を廃止している
多くの公共図書館が罰金廃止に舵を切っている。(スウォンジー公共図書館)
Fine Free Libraryという国際的な図書館運動に賛同して罰金を廃止した。カナダのケベック州では、すでにこの運動が始まっている。(カナダのモントリオール図書館)
5.資料のデジタル化によって罰金が無意味になった(1)
電子書籍の利用が増えて罰金が図書館コストをカバーしなくなってきた。(シアトル公共図書館)
デジタル化が進む世界では、罰金徴収モデルが廃れつつある。(スウォンジー公共図書館)
6. 罰金の廃止にはプラスの効果がある
利用者と図書館の関係がより良くなる。(サンフランシスコ公共図書館)
図書館員の時間が最適化され、仕事の効率がよくなる。(サンフランシスコ公共図書館)
罰金の廃止はむしろ図書館資料の利用を増やす。(シアトル公共図書館)
罰金の廃止が利用者サービスと利用者の図書館体験を改善する。(スウォンジー公共図書館)
③罰金を廃止した年月が明確な図書館(15館)
調べた中では、以下のように罰金廃止が2019年から急に増え始めたように思われます。
2019年(6館)
スウォンジー、カンザス、デトロイト、サンフランシスコ(アメリカ)
2020年(1館)
シアトル(アメリカ)
2021年(6館)
シンシナティ(アメリカ) メルボルン、シドニー(オーストラリア)
モントリオール(カナダ) オークランド、ダニーデン(ニュージーランド)
2022年(2館)
ピッツバーグ(アメリカ) クライストチャーチ(ニュージーランド)
上記で2020年に罰金を廃止したシアトル公共図書館は、2010年に罰金を1資料1日当り15セントから25セントに値上げしたことがあります。(2)
④罰金以外の名目で延滞者に費用を請求する図書館(10館)
パース(オーストラリア)=手数料
ベルゲン、スタヴァンゲル、クリスティアンサン(ノルウェー)=督促料
リヨン(フランス)=手数料
⑤罰金に加えて督促料などを請求する図書館(5館)
シュトゥットガルト、ドレスデン、ミュンヘン、ケルン(ドイツ)
ラハティ(フィンランド)
⑥罰金の科し方
・返却期限日までに返却しなかった1資料につき1日当りで計算するやり方が最も多い。
・1資料につき1週間当りで課金するやり方はヨーロッパの国に多い。
・罰金の上限額を決めている例が多い。
・子どもやヤングアダルト(ティーンズ)は罰金免除や大人の半額などの例が多い。
珍しい例をいくつかご紹介します。
オランダのロッテルダム公共図書館には会員の種類が3つあって、年間の会費が12ユーロ、18ユーロ、56ユーロとなっています。その中で最も会費の高い会員になりますと、同時に20冊(点)を6週間借りることができ、年間を通しての貸出冊数(点数)が無制限、延滞に関しては「罰金なし:他の利用者からの予約がない限り、私たちが自動的に貸出を更新します」ということです。《図書館利用も金次第》の感を否めませんから、つぎつぎと延滞罰金を廃止しつつあるアメリカの図書館員たちが目をむきそうですね。
タイのバンコク公共図書館の延滞罰金は1資料1日当り2バーツですけれど、延滞が30日を超えると一気に1日当り50バーツに跳ね上がります。
ドイツのケルン市図書館の延滞料金は1資料1週間につき1ユーロで、11週目から1週間当り25ユーロに跳ね上がります。
イスラエルのエルサレム市図書館の延滞罰金は1資料1か月当り5新シェケルで、予約の多い資料は1日当りで5新シェケルとなっています。
先に罰金の上限額を決めている例が多いと書きました。それらのほとんどは利用者個人当りの上限額ですけれど、アイスランドのレイキャヴィク市図書館では1資料当りの上限額(700クローナ)と1利用者当りの上限額(7,000クローナ)を決めています。
⑦罰金の代りに同じ資料の入手費用を請求する図書館
「同じ資料の入手費用を請求する」とき、図書館は、督促をしても一向に返却されない資料を《亡失とみなす》という前提に立っています。
以下の表記は、「費用請求を始める延滞日数=図書館のある都市名」です。
7日(1週間)以上=シカゴ、ダラス(加えて手数料)
10日以上=マイアミ
28日または30日以上=シンシナティ、クリーヴランド、シアトル、スウォンジー
40日以上=ミネアポリス
45日以上=ボストン
60日以上=サンディエゴ(加えて手数料)
以上はすべてアメリカの図書館で、すでに罰金を廃止しています。
アメリカ以外では、次の各市の図書館が同じ資料を補充するための費用を請求しています。
ブリストル(イギリス) デリー(インド)
ブリスベン(オーストラリア) 首都圏(オーストラリア)
サンクトペテルブルグ(ロシア)
⑧罰金の取立てや代替資料の費用徴収を代行業者などに委ねる図書館
2005年ごろからアメリカとカナダでは、未返却資料の回収、罰金の取立て、代替資料を入手するための費用の徴収などを図書館に代わって行なう業者が活躍してきました。国立国会図書館の「カレント・アウェアネス」によりますと、その会社は2005年にアメリカとカナダの750の図書館のために、1年間で「6,400万ドル(76億円)相当の資料・延滞料を回収した」(3)ということです。今回の私の調査でも、アメリカ、イギリス、オランダ、スウェーデン、フィンランドなどで、債権回収業者がこのやっかいな仕事を図書館のために代行していました。
そのほか、市の会計(財務)担当が図書館から引き継ぐとしていたのが、サンディエゴ(アメリカ)、マルセイユとナント(フランス)で、「給与から差し引かれることがある」としているのがコペンハーゲン(デンマーク)、法的機関に提訴するとしているのがアムステルダム(オランダ)とオムスク(ロシア)でした。
(4)貸出の停止
貸出の停止には、新たな貸出が受けられないという意味と、いま借りている資料の貸出期間の延長ができないという意味とがあります。調べることができた韓国の4館は資料の延滞を罰金の対象とせず、貸出の停止でとどめています。日本の公立図書館と同じですね。
貸出停止の罰則を適用する条件は、大きく分けて、科された罰金の額と延滞日数との2種類がありました。たとえば、
1.罰金が5ユーロ以上(イギリスのエディンバラ)、アカウントの残高が20ドル以上(アメリカのマイアミ)、罰金50クローナ以上(スウェーデンのウプサラ)、罰金10ドル以上(ニュージーランドのハミルトン)
2.延滞が10日以上(ロシアのサンクトペテルブルグ)、延滞が14日以上(アメリカのシアトル)、延滞が28日以上(フィンランドのエスポーとカウニアイネン)
そのほか珍しいのは、延滞資料が10点以上あると貸出停止になるアメリカのボストンです。
まとめ
外国の公立図書館の延滞にかんする対応も、日本と同様に、総じてバラエティに富んでいるという印象を受けました。
外国の公立図書館のほうが延滞への対応が厳しい感じがします。その理由は、①延滞に罰金を科す図書館が多いこと、②罰金を廃止した図書館であっても、資料を返さない限り代替資料の入手にかかる費用(手数料をともなう例もある)の支払いを求められること、③それにも応じないばあいは、自治体の会計部門に引き継がれたり、債権回収会社に委ねられたりする例があること、などです。
注・参照文献:
(1)図書館の電子書籍貸出システムは、返却期限日を過ぎると自動的に返却処理をするため、利用者が延滞できない仕組みになっている。
(2)「シアトル公共図書館、延滞に伴う罰金を値上げへ」(「カレントアウェアネス」R、20100728)
(3)「資料・延滞料の取り立て代行サービス」(「カレントアウェアネス」R 20060411)
今回の調査対象となったクリーヴランド公共図書館のウェブサイトでは、延滞罰金などの残高が25ドル以上になると、その債務がユニーク管理サービス(Unique Management Services)に回される、という説明がなされています。