図書館ごくらく日記

図書館に関するいくつかのトピックス

本の販売不振を図書館貸出のせいだとする思い込み

 出版界と図書館界の20年論争中に、本の売行きが落ちたのは公立図書館の貸出数が増えたせいだと主張する人たちがいました。いくつか例を挙げてみましょう。

例1

 2000年4月、『新文化』という出版業界紙に、能勢仁(のせ・まさし)氏による「増加一途の図書館貸出冊数:書籍販売の伸びおびやかす一要因」という記事が掲載されました。能勢氏は、書店、出版社、出版取次店で経験を積み、1995年に独立して出版と書店のコンサルタント会社「ノセ事務所」を立ち上げた方です。

 上記の記事に次のようなくだりがあります。

 「書籍販売冊数の減少率はこの三年間で、2.6%~7.1%である。この反対の増加現象が公共図書館の貸出冊数である。」

 「九八年度、全国の公共図書館の貸出冊数は五億〇五三二万冊であった。公共図書館数二五八五館で割ると、一館当り平均二〇万冊弱を貸出したことになる。」(1)

 ここでは、書籍の販売冊数と公共図書館の貸出冊数を3年間だけ比較しています。そして、比較したふたつの統計数値の相関関係については、何も言及されていません。ということは、公共図書館の貸出増と書籍の販売減との関係は、能勢氏にとって説明する必要のない自明の理だったのかも知れません。

例2

 翌2001年、作家の楡周平(にれ・しゅうへい)氏による「図書館栄えて物書き滅ぶ」という記事が『新潮45』に掲載されました。楡氏のばあいは、公立図書館についても調べていて、全体的に好感のもてる表現ではあるものの、やはり、書籍の販売部数と公共図書館の貸出冊数を比較して前者が後者の影響を受けているかのような印象を与えています。

 たとえば、1990年から2000年までの書籍の販売部数と公共図書館の個人貸出数に加えて、図書館の受入冊数や図書館数の推移をグラフで示し、「先頃公表された二〇〇〇年実績で、書籍の販売部数は七億七三六四万冊、それに対して公共図書館での個人貸出数は五億二三五七万冊(受入冊数は一九三四万七〇〇〇冊)。このままの傾向が続けば、そう遠くない将来両者の数字は逆転する可能性が高いことがお分かりいただけるかと思います」(2)としています。

 ここでも、比較したふたつの統計数値の相関関係、影響関係については何も言及されていません。

例3

 以上の2氏による記事から10年以上経った2015年、新潮社の常務取締役だった石井昴(いしい・たかし)氏は、『新潮45』に「図書館の“錦の御旗”が出版社を潰す」という記事で、公立図書館の貸出サービスのせいで出版社がつぶされると訴えました。曰く、

 「公立図書館はこの10年間で423館も増え、全国で3248館になった。また貸出のシステムも簡便化され、スマホで待ち状況を確認し予約ができる。そしてすでに2013年には図書館の個人向け貸出冊数は7億1149万冊になり、書籍販売冊数の6億7738万冊を大きく抜いているのである。これでも図書館の貸出が新刊の売れ行きに影響がないと言えるのだろうか。」(3)

例4

 新潮社の佐藤隆信(さとう・たかのぶ)社長は、2015年11月の「第17 回図書館総合展フォーラム2015」において、次のように主張しました。

 「2010 年に書籍の実売部数と図書館での貸出冊数が、逆転しています。この年を境にして著者の方々からの声が大きくなり始めたんだと思います。もちろん、この売上減少の原因が貸出だけにあるとは言えませんけれど、書籍の実売部数と図書館貸出数のグラフを見る限り、少なくとも何らかの相関関係があると推論せざるを得ない。」(4)

 4氏の記事と発言をごく簡略にまとめますと、公立図書館の貸出サービスのせいで書籍販売が伸び悩み、その結果、作家の暮しが成り立たなくなり、出版社の経営が苦しくなっている、という主張になっています。けれど、このように主張するときは、元になっている統計数値を比較するだけでなく、ふたつの数値の因果関係を説明または証明しなければ何の説得力もない主張になってしまいます。

 ただの仮説にすぎないことを検証抜きで真実であるかのように主張すれば、誠実さを疑われても仕方がありませんね。

 

4氏の主張がただの思い込みだとする根拠

根拠1

 本の販売量と公共図書館の個人貸出冊数とが長期にわたってシンクロしていれば、両者に因果関係があるかも知れないと思うのは、不自然ではないかも知れません。ところが、1968年から2022年までの55年間を調べてみますと、次のような事実に気がつきます。(5)

 1968年から1988年までの21年間、本の販売部数はほぼ一貫して増えました。前年とくらべて減ったのは3年(3回)だけで、減少数はほんのわずかでした。同じ時期、公共図書館の個人貸出は一貫して増えていました。つまり、本の販売量と図書館の貸出量は、ほぼシンクロしていたのです。

 この事実は何を意味するでしょうか?

 4氏の結論とは逆に、この期間中、《公共図書館の貸出冊数が増えたおかげで、本の販売部数も増えた》と言えるのではありませんか?

 ふたつの事象の関連性を考えるとき、わずか3年や10年の統計数値だけで結論を得ようとするのがそもそも間違いだったのです。

 1989年から2009年までの21年間、本の販売部数が前年より増えたのは、6年(6回)で、前年より減ったのは15年(15回)でした。一方、同じ期間に公共図書館の個人貸出は一貫して増えました。

 このばあいは、本の販売量と公共図書館の個人貸出量が同じ傾向を示した年と異なる傾向を示した年がありますから、単純に結論を出すことはできません。

 2010年から2022年までの13年間、書籍の販売部数はすべての年で前年を下回りました。同じ期間中、公共図書館の貸出冊数は前年より増えたのが4年(4回)、減ったのが9年(9回)でした。本の販売量と公共図書館の個人貸出量は、シンクロしていた年が9年(9回)、シンクロしていなかった年が4年(4回)だったことになります。言えるのは、ともに低下した年数が、ともに増加した年数より多かったということです。

 ①②③の事実は何を意味するでしょうか?

 全55年のうち、公共図書館の貸出冊数と本の販売部数とが増減を共にしたのは33年、増減を異にしたのは22年、割合は60%対40%でした。つまり、ふたつの統計を短期間だけ比較するだけでは正しい結論が得られない例だったということになります。

根拠2

 試みに、図書館の本の貸出に濡れ衣を着せた方々がほとんど言及しなかった雑誌と新聞について考えてみましょう。

 雑誌の販売冊数は、1995年がピークで約39.1億冊、以降、2022年の7.7億冊まで減りつづけました。2022年の販売冊数は、1995年の何と20%弱にしかなりません。

 新聞の発行部数は1997年がピークで全国で約5,380万部に達し、以降は2023年までほぼ一貫して減りつづけました。2023年の発行部数およそ2860万部はピークだった1997年の53.2%と、半分に減ってしまいました。

 そして本(書籍)の販売冊数のピークは1988年(販売金額のピークは1996年)でした。

 お気づきでしょうか? 1990年代の中ごろに新聞と雑誌が販売部数のピークをむかえ、本(書籍)が販売金額のピークをむかえ、それ以降は3種の発行物が一貫して減りつづけてきたのですね。おまけに新聞と雑誌の販売は《惨状》と言っても過言でないほどの落ち込みです。

 公立図書館では、雑誌の最新号を館内での閲覧に限ってバックナンバーだけを貸し出し、新聞は前日までの分をコピーで済ませてもらうのが普通です。つまり、図書館の貸出量を問題とするとき、雑誌と新聞はあまり関係がありません。その2種の紙媒体の出版物が、本とほとんど同時期に販売不振におちいり、20年後には《惨状》というほどに落ち込んでしまったのです。

 この事実を冷静に考えれば、1990年から1995年ごろにかけて、公立図書館の本の貸出とは無関係な要因が、代表的な3種の出版物である本・雑誌・新聞の販売不振に大きな影響を与え始めた、と思い至るでしょう。

根拠3

 2010年代に入って、公共図書館の貸出冊数または所蔵冊数と本の販売部数との因果関係について調査・研究した学術的な論文があいついで発表されました。《学術的な論文》と言いますのは、論文の執筆者が大学で教鞭をとる人たちで、計量経済学の手法によって調査研究した結果を紀要や専門誌に発表したからです。おもな論文の結論は、以下のとおりです。

 A. 中瀬大樹「公立図書館における書籍の貸出が売上に与える影響について」(『2011年度知財プログラム論文集』、2012年)

 中瀬氏は2種の調査を行ない、a. 2003年から2007 年の全国47都道府県単位の調査では、公共図書館の貸出が書籍の販売に与える影響は正とも負とも言えない、b. 2005年から2007 年の関東1都 6県の市町村単位の調査では、公共図書館の貸出が書籍の販売に与える影響は「有意に正の値が得られる」と結論づけています。

 《正の影響》とは、図書館の貸出が書籍の販売にプラスの影響をあたえるという意味で、《負の影響》は逆にマイナスの影響をあたえるという意味です。

 B. 浅井澄子「公共図書館の貸出と販売との関係」(InfoCom Review, no. 68, 2017)

浅井氏は貸出冊数が書籍販売(冊数ないし金額)に及ぼす影響について調査し、公共図書館の貸出が書籍の販売に「負の影響を与えるとは結論づけられない」としています。

 C. 貫名(かんめい)貴洋「図書館貸出冊数が書籍販売金額に与える影響の計量分析の一考察」(『マス・コミュニケーション研究』no. 90, 2017)

 貫名氏はこの論文の「まとめ」部分で、「図書館の貸出冊数増加により書籍の販売金額が減少するという仮説に対し、都道府県別のデータによる分析結果から、図書館貸出冊数と書籍販売金額には負の関係が見いだせないという結論を導き出すことができた」としています。

 同じ執筆者による次のD論文も結論部分は同じですけれど、こちらのC論文とは調査の対象とした期間やデータの種類に違いがあります。

 D. 貫名貴洋「都道府県別データを用いた図書館貸出冊数と書籍販売金額の相関分析」(『広島経済大学経済研究論集』v. 40, no. 1, 2017)

 ここでの貫名氏は、図書館貸出冊数と書籍販売金額の相関関係を考察するために、書籍販売金額がピークであった1996年から2014年までの都道府県別データを用いて分析しています。「まとめ」によれば、「図書館の貸出冊数増加により書籍の販売金額が減少するという仮説に対し、都道府県別のデータによる分析結果から、図書館貸出冊数と書籍販売金額には負の関係が見いだせないという結論を導き出すことができた」という結論になっています。

 E. 浅井澄子「公共図書館の貸出の書籍販売への影響」(『書籍市場の経済分析』の第4章、日本評論社、2019年)

 この論文が対象とした時期は、a. 第1期:1960年~1982年、b. 第2期:1984年~2014年で、「小括」に書かれている結論は、「集計データで分析する限り、公共図書館の貸出が、書籍販売に明確な負の影響を与えていることは見いだせなかった」というものです。

 F, 大場博幸「図書館所蔵と貸出の書籍市場への影響─2015年の文芸書ベストセラーをサンプルとして─」(『教育學雑誌:日本大学教育学会紀要』55号, 2019年)

 ここでの大場氏は、対象資料を2015年にベストセラーとなった文芸書の上位300タイトルにしぼり、「それらの2018年4月時点での日本全国の公共図書館の所蔵数および貸出数と、新刊としての売上冊数および古書価格との関係を調べた」としています。

 論文末尾の「考察」では、「全国公共図書館における所蔵数の多寡が、新刊書籍の売上部数に影響することが示された。しかしながら、貸出数のそれへの影響は不確実であった」としています。

 G. Displacement effects of public libraries / by Kyogo Kanazawa and Kohei Kawaguchi(Journal of the Japanese and International Economics, v. 66, Dec. 2022)

 金澤匡剛・川口康平両氏によるこの論考は、公共図書館の特定タイトルの所蔵冊数が本の販売に影響するか否かを調べたもので、図書館の貸出冊数と書店の販売冊数との影響関係を調べたものではないという点がひとつの特徴となっています。

 調査の対象は、2017年2月時点で入手可能だった一般書からランダムに選んだ300タイトルと、2014年から2016年までの各年のベストセラー上位50タイトルの合計150タイトル(50×3)です。

 その結果、次のようなことが分かったとしています。

 a. 上位6分の1のタイトルについては自治体の中での販売が平均で月に0.24冊減り、それ以外のタイトルについては影響が無視できること、b. ベストセラー本については影響がより大きく、販売が平均で月に0.52冊減ること。

 H. 大場博幸「公共図書館の所蔵および貸出は新刊書籍の売上にどの程度影響するか:パネルデータによる分析」(『日本図書館情報学会誌』v. 69, no. 2, 2023)

  この論文は「2019 年4 月~5 月に発行された一般書籍600タイトルのデータセットを用いて,公共図書館の所蔵と貸出による新刊書籍の売上への影響について検証」したもので、冒頭の「抄録」によりますと、「前月の所蔵1 冊の増加につき月平均で0.06 冊の新刊売上部数の減少、前月の貸出1 冊の増加につき月平均で0.08 冊の減少という推計値が得られた。このほか需要の減少や古書供給の増加もまた新刊書籍の売上冊数にマイナスの影響を与えていた。需要の高いタイトルに対する図書館による特別な影響は観察されなかった」という結論になっています。

 以上の8篇の論文の調査は、対象が一様ではありません。このばあいの対象とは、調査した図書館の範囲(全国か一部の地域か)、調査した図書館の実績(蔵書全体の貸出か蔵書の一部の貸出か、貸出か所蔵か)、調査した期間(年数や月数)、本の販売部数か販売金額か、などのことです。

 公共図書館の貸出または所蔵が本の販売にプラスの影響を及ぼすかマイナスの影響を及ぼすかについての結論も、次のように一様ではありません。

 A. 中瀬論文=a. 全国調査では、正とも負とも言えない結果、b. 関東一円の調査では、正と言える結果。

 B. 浅井論文=負の影響を与えるとは結論づけられない。

 C. D. 貫名論文=書籍の販売金額に負の影響が見いだせないという結論。

 E. 浅井論文=明確な負の影響を与えていることは見いだせなかった。

 F. 大場論文=図書館の所蔵数の多寡は本の売上げに影響するが、貸出数の影響は不確実。

 G. 金澤・川口論文=ポピュラーな本やベストセラー上位の本の図書館所蔵数は負の影響を及ぼす。

 H. 大場論文=図書館の所蔵数も貸出数も書籍の販売部数に対して弱い負の影響を与える。

 このように、調査手法が同じであっても、調査の対象や時期などの条件が異なれば、結論が異なるのは十分にあり得ることでしょう。また、8篇の論文が真逆の結論と中間的な結論とを含んでいるという事実は、《公立図書館の貸出数または所蔵数と、本の販売部数または販売金額》というわずかふたつの要素の分析・比較だけでは、前者の後者への影響関係を明確に導き出せないことを示唆しています。

根拠4

 本の販売不振にはさまざまな理由があります。ですから、影響する可能性のある多くの要素を脇に置いたままで、《本の販売不振》という現象を《公立図書館の貸出》または《公立図書館の所蔵》という面だけで調査・分析して結論を得ようとするのは、そもそも無理なのです。1990年代以降の本の販売不振に大きな影響を及ぼしてきたものだけでも、次の3点を指摘することができます。

 1. ICT(インターネット、通信技術、情報機器など)の発達と普及

 2. 出版社、出版取次店、書店などの出版界がかかえる課題

 3. 失われた20年とか30年と言われた日本経済の低迷

 これら3点は互いに絡み合って出版物の販売不振の要因を構成してきました。そのほか、人口減少と少子高齢化、子どもから高齢者までの余暇の過ごし方、小学校から大学までの教育のあり方、各種の図書館(とくに学校図書館大学図書館)の動向、図書館や読書にかんする法令の制定、などが本の売行きに影響します。

 より細かいことを挙げれば、本をよく買う人の年齢層、読んだ本について話し合える身近な人の存在、読み終わった本を古書店に売れる可能性、住いの中の書架を増やす余地、インターネットの図書館を自称して1997年に開館した無料の青空文庫、なども本の売行きに影響した可能性があります。要するに、本が売れたり売れなかったりするのは、複合的な要因によるということです。

 

参照文献

(1)能勢仁「増加一途の図書館貸出冊数:書籍販売の伸びおびやかす一要因」(『新文化』2000.4.20)

(2)楡周平「図書館栄えて物書き滅ぶ」(『新潮45』v. 20, no. 10, 2001.10)

(3)石井昂「図書館の“錦の御旗”が出版社を潰す」(『新潮45』v. 34, no. 2, 2015.2)

(4)日本書籍出版協会図書館委員会著・編『2015年「図書館と出版」を考える:新たな協働に向けて』(書協図書館委員会、2016.2)

(5)書籍の販売部数は『出版年報 2023年』、公共図書館による個人への貸出冊数(点数)は『日本の図書館:統計と名簿』の各年版による。