図書館ごくらく日記

図書館に関するいくつかのトピックス

図書館の本を盗む人たち

 図書館資料にかんする不法行為の全国的・長期的な統計はありませんので、どのような不法行為が最も多いかはわかりません。とはいえ、ある国が特定の時期に行った統計や特定の図書館の短期間の統計なら存在します。それらによって判明することは、どこの国でも、どの時代でも、図書館の資料は盗まれ、借りた人が資料を返却しない例があとをたたないということです。

 ために、図書館は《資料の管理》と《利用者の便益》とのバランスをとろうとして揺れ動いてきました。資料の管理を徹底すれば利用者にとって不便になり、利用者にとって便利にすればするほど資料の管理がいっそう難しくなるというわけです。そこに図書館職員の手間や費用対効果などの要素がからみ、これは一筋縄では解決しない問題でありつづけています。

  単純な例を挙げましょう。

 最近の公立図書館では、利用者がなるべく自分で書架から本を選べるようにしています。それは利用者にとってありがたいことである反面、本の配列が乱れやすくなります。配列が乱れれば利用者が困って、探していた本をあきらめたり、貸出中でない本が「あるべき場所にない」と職員に訴えたりします。一緒に探してすぐに見つからなければ、職員は探しつづけなければならず、利用者は見つけてくれるのを待たなければなりません。そのような事態を減らすため、職員は配列の乱れがちな書架を中心に、せっせと本の配列を整えています。

 

 図書館の本が行方不明になるのは、利用者が貸出手続きをしないで本を持ち出すことが最大の理由です。この行為を軽い気持ちで実行してしまう人もいますけれど、ほとんどのばあい、それは《盗み》であり、刑法の窃盗に該当します。これは日本だけのことではなく、昔から多くの国の図書館で起きてきました。

 井上ひさしは、著名な作家にしては珍しく、図書館から無断で持ち出した本を売り払った経験を語っています。

 1件目は、高校生時代、足しげく通った映画館に行くお金が足りなくなったとき、住んでいたカトリック系の児童養護施設「天使園」の図書館の本を売りとばしました。売ったのは、英語圏の人が外国語を勉強するために書かれた本のシリーズで、東北大学の正門前の古書店が高く買い取ってくれたのでした。そのシリーズは彼が高校を卒業するときには図書館からほとんど姿を消していたということです。

 2件目は、上智大学在学中のこと。この大学の図書館にも通いつめていた井上青年は、規則を厳格に適用する館員(アルバイトの院生)に腹を立てていた仲間とはかって悪事を働きます。くだんのアルバイト院生が夕方から勤務につくと、仲間が次つぎとカウンターへ行って「本を借り出す、苦情を並べる、日頃のお世話のお礼にとアンパンをさしだす(笑)。そのすきに、本を持ち出して、神田へ売りにいって、そのころ流行の「なんでも十円寿司」で腹いっぱい食べました(笑)。」持ち出した本は「大学図書館が一番大事にしている本」となっていますけれど、図書館はそのような貴重な本を利用者が手軽に持ち出せる場所に置いていないはずですから、この話には誇張があるのではないかと思われます。(1)

 

 近年の日本での例を少し挙げます。

 ①2008年4月、神奈川県藤沢市の総合市民図書館で高齢の男性が雑誌8冊を館外へ持ち出そうとして現行犯逮捕されました。警察が彼の自宅を捜査したところ、同館の蔵書およそ1,500冊が見つかりました。

 そこで、藤沢市図書館(4館+11図書室)は2009年1月、まだ盗難防止装置を設置していなかった3館に盗難防止装置を設置・稼働させました。(2)

 ②2014年、横浜市立図書館(全18館)では市の定期監査によって2009年から2013年のあいだに毎年平均19,000冊が所在不明で除籍されてきたと判明しました。図書館の説明では「所在不明の主な原因は不正持ち出し」とのことです。

 そのため、図書館は2005年ごろから「防犯カメラと防犯ミラーの設置を始め、昨年までに18館全館にどちらかが取り付けられている。さらに、死角をカバーするため、職員による巡回も開始している。加えて、利用マナーを呼びかける啓発ポスターを掲示し、対策を講じてきた」ということです。(3)

 ③2019年5月、京都府南部の竹林や山などで800冊以上の本が捨てられているのが見つかりました。ほとんどすべてが府内の公立図書館の本で、被害にあったのは京田辺市宇治市城陽市京都市木津川市の図書館、ほかに滋賀県立図書館の本もあったということです。(4)

 

 盗難を防ぐために図書館がとってきた対策には、次のようなものがあります。

 ①利用者を限定する

 公共図書館が人種・性別・年齢・職業などによって利用資格を限定する例は、最近までありました。会員制の図書館もこの種類に入るでしょう。ただし、利用資格を限定する理由は盗難防止とは限りません。

 ②本を机や書架に鎖でつなぐ

 中世ヨーロッパの修道院や大学の図書館では、本を机や書架に鎖でつないだ例がたくさんありました。手書きの本(写本)がとても貴重で、それを盗んで売り払う被害をくいとめるためでした。

 ③利用者が書架にアクセスできないようにする

 閉架(方)式というこの方法を採用すれば、本を盗まれる可能性がほとんどありません。その代わり、利用者の手続きが煩雑になります。かつては資料請求票に氏名、タイトル、著者名、請求記号などを記入しなければならなかったからです。現在の公立図書館では、利用者が書架にアクセスできる開架(方)式とアクセスできない閉架(方)式を併用している例が多くなっています。そのばあい、閉架(方)式は書庫に適用しているのがふつうです。

 開架式と閉架式のあいだにいくつかの折衷方式がありますけれど、煩雑になりますので省略します。

 ④保証金を預かる

 かつては、利用者から保証金を預かって本の貸出サービスをする公立図書館が、日本だけでなく少なからずありました。この制度自体は借りた本を返さなかったり毀損したりするのを防ぐのが目的でしたけれど、《図書館の本は共有財産》とか《盗みはもってのほか》と利用者に思わせる副次的効果も期待できたのではないかと思われます。

 ⑤退館時に持ち物をチェックする

 カナダのトロント市の中央図書館であるメトロポリタン・トロント図書館では、1984年当時、バッグを持っている利用者が退館するとき、出口の手前でかならずバッグの中をチェックされていました。チェックする係員の態度には問題がないのに、私にはいつも抵抗感がありました。このやり方は人手が要りますけれど、盗難防止という点では有効ではないかと思います。

 ⑥コインロッカーを設置する

 コインロッカーを設置している図書館は少なくありません。その中で、図書館の本の亡失を防ぐ意図だけで設置されたロッカーはさほど多くないでしょう。最近の私の経験では、滋賀県立図書館と国立民族学博物館みんぱく図書室で、コインロッカーを使うよう指示されました。上記⑤と同じく、これも盗難防止に有効ではないかと思われます。

 中国の上海図書館では、利用者への注意事項の第8項目が次のようになっています。「本貸出区以外の図書(持参図書を含む)、カバンや袋(20×14㎝以上)、食品などは荷物預かり所にお預けください。」(同館のウェブサイト 20220128)

 ⑦利用者にマナー遵守を呼びかける

 公立図書館のばあいは、自治体の広報紙でPRをし、図書館のウェブサイトや館内のポスター掲示でマナー遵守を喚起するのもいいでしょう。小学生をクラス単位で招き、上手な利用の仕方とマナーを説明するのも一定の効果を期待できると思います。

 私の勤務していた大学図書館では、新入生を語学のクラス単位でガイダンスに招き、館内の案内、サービスの利用法、おもな規則などを1時限(約90分)で説明してきました。

 ブラウジング中の利用者に声かけをする

 図書館でのブラウジングとは、書架の前に立って適当な本などを物色することです。はっきりした目的をもってのブラウジングや、面白い本がないか漠然と探すようなブラウジングがあります。いずれにしろ、「何かお探しですか」などと図書館員が声をかければ、読書相談やレファレンスサービスのきっかけになる可能性がありますし、そのような些細なことが不正に本をもちだす行為の抑制につながります。

 ⑨不正持出し防止装置を導入する

 BDS(Book Detection System)は貸出手続き確認装置とか不正持出し防止装置などといわれるシステムで、貸出の手続きをしないで本や視聴覚資料を館外に持ち出そうとすると、出口に設置されたバーが開かずに警告音が出るようになっています。日本では、初めのうち大学図書館がこのシステムを導入し、徐々に公共図書館にもひろがりました。

 BDSが図書館専用に開発されたシステムであるのに対し、製造、流通、医療などの分野でも使われているRFID(Radio Frequency Identification)というシステムが最近になって図書館に導入され始めています。その使われ方は、おもに貸出処理、蔵書点検、不正持出し防止で、BDSとの大きな違いは、貸出や蔵書点検のときに複数の本を一括処理できる点にあります。(5)

 ⑩防犯カメラを設置する

 防犯カメラ(監視カメラ)の設置については図書館界に反対意見があります。それが「図書館にはふさわしくない」とか「プライバシーの侵害につながる」などを理由にして、避けるべきだという考えです。防犯カメラの設置は、不正持出しだけでなく、館内での置き引きや薬物摂取、性的行為を防ぐためでもあります。薬物摂取に手を焼いた公立図書館がトイレを閉鎖した例は、アメリカ、イギリス、フィンランドなど、図書館が普及した国から報告されています。

 ⑪警備員を配置する

 日本でも、警備員を配置する公立図書館が少しずつ増えてきました。「図書館 警備員」でネット検索をしますと、さほど大きくない公立図書館でも警備員を募集していることがわかります。アメリカのロサンゼルス市の図書館(中央図書館と70以上の分館)では、市の警察官を警備員として雇い、警察署に年間500万ドル以上を支払っているとのことです。(6)

 ⑫建物の構造や設備の配置に留意する

 図書館の建築や設備の配置にも気を配る必要があります。

 たとえば、盗難の例としてご紹介した横浜市の鶴見図書館は、監査対象となったほかの3館とくらべて不明除籍資料の比率が高く、その理由のひとつが「貸出窓口を通らずに館内に出入りすることができるなど、建物の構造上の問題」だと考えられています。(3)

 かつて私が見学した大学図書館で「建築として成功したと思う点と失敗したと思う点」をたずねましたところ、「窓から外へ本を投げて盗る学生がいたため、窓を開けられないようにした」と答えてくれた例がありました。

 

 最後に、図書館員による図書館資料の窃盗をご紹介します。

 図書館員による本などの窃盗は、商店(コンビニ、スーパー、ホームセンターなど)の従業員による内引きと類似の行為と考えられるでしょう。ただし、図書館の本は商品ではなく、新品同様であっても印判が捺されていたりバーコードが貼ってあったりします。また、公立図書館の本を図書館員が盗めば、自治体住民の共有財産を管理すべき立場の人が逆にそれをくすねる行為になります。図書館員は自館の盗難防止策を知っていますから、先にご紹介したさまざまな対策例はほとんど役に立ちません。その分、質(たち)が悪いと言わざるを得ませんね。

 (1)ニューヨーク公共図書館はずっと本の窃盗に悩まされてきたため、経験豊かな司書だったエドウィン・ホワイト・ゲイラードは、1910年ごろから「図書館の警備強化を提唱し、盗難防止のための法令の制定を州議会に働きかけてきた」のでした。

 彼の熱意に応えて館長は正式な職名《特別捜査員》を新設し、ゲイラードをその職に就かせると同時に、彼を私服の《特別巡回警察官》としてニューヨーク市警察に所属させます。「ゲイラードは最終的にNYPL{ニューヨーク公共図書館}に窃盗を許さない文化を築き上げることに成功」しました。けれども、捜査の過程で、「少なからぬ数の図書館員が――大半が書架係――ひそかに古書ディーラーに本を売っていた」ことが分かって当惑したのでした。(7)

 (2)2013年、新潟市の公立中学校の女性司書(臨時職員)が2008年からの5年間にわたって図書室用に買った本およそ3,000冊を古書店に売り払っていたことが発覚しました。発覚したのは、2013年度から勤務することになった後任の司書が、2012年度に買った506冊の本について調べたところ、6冊しか図書室になかったからでした。(8)

 

参照文献

(1)井上ひさし著『本の運命』(文藝春秋、1997年)

(2)藤沢市図書館「利用環境の向上を目指して!:すべての市民図書館に「盗難防止装置」を設置しました」(『図書館だより』no. 160, 2009.2)

(3)「図書館蔵書盗難・不明、年間2万冊:有効策なく対応苦慮」(『タウンニュース』横浜市南区版、20141127)

(4)甲斐俊作「誰が捨てた、図書館の本800冊:処分に困り投棄か」(『朝日新聞デジタル』20190519)

(5)後藤敏行「図書館における RFID 業務の課題」(『図書館界』v. 64, no. 3, 2012.9)

(6)スーザン・オーリアン著、羽田詩津子訳『炎の中の図書館:110万冊を焼いた大火』(早川書房、2019年)

(7)トラヴィス・マクデード著、矢沢聖子訳『古書泥棒という職業の男たち』(原書房、2016年)

(8)「司書、図書室の本3000冊売っちゃった 新潟の中学」(『日本経済新聞』電子版20130531)