図書館ごくらく日記

図書館に関するいくつかのトピックス

ショーウィンドーの役割を果たす図書館

 図書館員や元図書館員の皆さんは、職場での経験から「図書館はショーウィンドーの役割を果たしている」と主張しています。著作者や出版社の皆さんの中にもそれぞれの立場から同じように主張する人がいます。たとえば作家の佐藤亜紀氏は、ショーウィンドーという言葉を使ってはいませんけれど、「大蟻食の日記」(2004.6.27)の中で図書館の展示効果、広報効果を具体的に書いています。

 「全国二千幾つだかの図書館のうち、それなりの数が私の新刊を三ヶ月以内に購入し、図書館や自治体の広報で知らせてくれる。大抵は一行広告だが、読者の感想入りで紙面を割いてくれるところもある。図書館ではカバーや本体をショーケースに陳列してくれるところも多い。私鉄各線の車両に吊り広告が出る訳でもなく、書店の平積みとも無縁な作家にとって、これは結構な宣伝だと思うのだが、違うだろうか。」(1)

 2015年10月の全国図書館大会第13分科会の「実用書出版社と図書館」と題する報告の中で、新星出版社の富永靖弘社長は、ショールームという言葉を使って図書館が果たしている役割に言及しました。

 「書店店頭では十分に選ぶことが出来ないことや、ネットの情報だけでは内容が捉えられないものでもある。図書館で分かりやすい、使いやすい本と出会い、その本を所有したいという欲求が生じ書店で購入してもらう。結果として読者の「役に立った」という気持ちを引き出す。図書館をショールーム代わりに使ってもらい、結果として本の購買にも繋がる、といった姿があると非常に嬉しい。」(2)

 新刊書を蔵書に加えた公立図書館のショーウィンドー的な役割について少し補足しますと、おおむね次のようになります。ただし、実施していない項目が複数ある図書館も少なくありません。

 ①新たに入った本を館内の入り口付近に展示する。

 ②広報紙誌によって自治体内に情報を広める。

 ③メルマガなどによって希望者に新着本などの情報を定期的に配信する。

 ④オンライン目録で検索できるようにする。

 ⑤オンライン目録を県レベルで横断検索できるようにする。

 ⑥館内の開架書架に並べる。

 

 人が新刊書を買うきっかけは、次のようにいろいろあります。

 広告、書評、各種メディアが伝える受賞情報、ネット上の感想文、書店の店頭、身近な人(家族・友人・知人・同僚・先生など)との会話や推薦、読んでいる本の著者の推奨、ビブリオバトル、図書館の書棚、など。

 珍しい例としては、数日前(2023.4.13)に発売された村上春樹氏の『街とその不確かな壁』の全国紙5紙への発売当日の大きな広告と、『毎日新聞』を除いて同じ朝刊4紙に掲載された、これまた大きな記事があります。ほとんどの記事に著者近影と新刊の表紙写真が添えられていて、記事の長さと内容は似たり寄ったり。地方紙である『京都新聞』も同様でした。

 著者の村上春樹氏が「新聞社などの共同取材に応じた」と説明を加えた新聞がありましたので、記事が似たり寄ったりになるのは当然なのかも知れません。また、村上春樹氏はノーベル賞受賞を期待されるほどの作家である上に、今回の新著の成り立ちにも話題性があります。

 それにしても、発売当日、全国紙4紙が申し合わせたかのように大きな記事を掲載するとは、何とも異様な感じがしました。その理由は、意図したものでなかったとしても、特定の出版社と複数の新聞社との全国的な宣伝タイアップ作戦のように見えたからです。

 話は少しそれますが、『薔薇の名前』や『フーコーの振り子』で世界的なベストセラー作家となったウンベルト・エーコは、ある対談で本の珍しい売り方についてのエピソードを披露しています。

 「本を読まない人たちに本を買わせるうまい方法を考えたのは、雑誌社の人たちでした。どんな方法でしょうか。これは、フランスではなく、スペインとイタリアでとられた手法です。日刊紙が、ごく低価格で、本やDVDを新聞の付録として付けたんです。こういうやり方は、書店主たちからは非難を浴びましたが、最終的には認められました。私の記憶しているところでは、『ラ・レプブリカ』紙が『薔薇の名前』を付録として無料配布したとき、同紙の二〇〇万部(ちなみに普段は六五万部)、つまり私の本は二〇〇万人の読者のもとに届いたんです。」(3)

 このように、本を買わせようとする手法や個人が本を買う動機がさまざまある中で、図書館の書架を前にして背表紙を眺め、本を拾い読みして、同じ本を買いたいと思うことがあるのは、図書館が本のショーウィンドーの役割をはたしているひとつの証拠です。

 ごく単純で分かりやすい例を挙げれば、画集や詩集があります。書架から持ち出し、閲覧席に坐ってページをめくっていくうちに、借り出して自分の部屋で絵画や詩の世界にゆっくりと浸りたくなることがあるでしょう。さらに一歩すすめば、同じ本を手に入れて何度でも眺めたり読んだりしたくなることもあります。優れた芸術作品には何度でもじっくり鑑賞したいと思わせる力強さがありますから。

 

書店の代替として役立つ図書館

 近年、日本では新刊書店が減っています。そのため、ある新刊書に興味をもった人が内容を確かめようとしても、それを書店で実行できるとは限りません。発行点数があまりにも多いため、中小規模の書店には取次会社から配本されない新刊書が多いだけでなく、運よく配本された書店でも、新刊点数の多さに見合うだけの店舗の広さがないばあいは、売れなかった本がたちまち返本の憂き目を見ることになります。「ぜひともこの本を確かめたい」と思う人以外は、見逃す恐れがあるわけです。

 書店にない本を買いたいとき、書店に注文すればだいたい取次を経由して取り寄せてもらえますが、買いたいとまで思っていない本の内容を確かめたいという理由で書店に取寄せを頼んでも、願いが叶うことはほとんどないでしょう。

 このような状況下にあって、書店の代りにショーウィンドーの役割を果たしてきた公立図書館の存在価値は大きくなっています。利用者の読みたい本を所蔵していない、または貸出中である図書館なら、リクエスト(予約)をすれば、購入するか他の図書館から取り寄せるかしてくれます。すなわち、目当ての本が図書館の書架に並んでいればもちろんのこと、並んでいなくても、利用者は買うべきか否かを確かめることができますし、著者や出版社の側からしても、図書館は文字どおりショーウィンドーの役割を果たしてくれるわけです。

 では、図書館があっても書店がない自治体に住んでいる人は、買いたい本が出てきたときにどうすればいいのでしょうか。ネット書店がありますね。最近のネット書店は送料無料サービスやポイント制を導入するなどして顧客をつかんでいます。ちなみに通販大手のアマゾンのサイトで『街とその不確かな壁』を調べますと、単行本の価格が書店と同じ2,970円、2日後にお届け、ポイントは108ポイント(4%)、無料配送は金額が2,000円以上の商品を購入する場合、とあります。

 

本を吟味できる図書館の貸出サービス

 書店に興味のある本が置いてあるとしても、買う値打ちのある本か否かがすぐに分からないばあいが少なくありません。本は原則として1点1点が異なる商品であり、一見して値打ちのわかる商品ではないからです。自分の好みに合うか、理解できるか、易しすぎないか、資料として価値があるか、調べたいことに役立つかなどを確認し、とくに馴染みのない著者の本を判断するのは短時間では無理なばあいが多く、当り外れのあることを覚悟しなければなりません。

 それが図書館にあれば、館内で閲覧するか借り出して確かめることができます。

 評価が定まっている古典的な作品や既刊本を読んだことがある著者の本などは、さほど時間をかけずに購入の可否を決められます。自分がふだん使っている辞書の改訂版が刊行されたばあいなども同じですね。むずかしいのは、無名の作家の小説やエッセイ、ふだんは読まない分野の本で、購入の可否の決定が容易ではありません。また、文豪・巨匠と言われるほどの作家の本でも、かつて何冊か読んだことのある著者の本であっても、いつも名著であるとは限りません。そのようなとき、自宅でゆっくり吟味するのが賢明な行動というものでしょう。

 参考書や問題集の内容を確かめたいとき、近くに書店があっても立ち読みでは中途半端で心もとない。図書館から借りることができれば、納得するまで吟味できるでしょう。

 家事や趣味のために使う実用書は、たとえ買うつもりであっても、事前に内容のちがう本を図書館から数点借り出してゆっくり比較検討するのが、お金を無駄遣いしない、あるいは上手に使う知恵というものです。

 幼児は、絵本や図鑑の好き嫌いがはっきりしています。嫌いとなれば見向きもしないかわりに、好きになれば「読んで」をくり返します。我が子が好まない本を買いたくない親は、図書館から何冊も借り出して子どもの興味と好き嫌いを確かめます。

 

本を通読しなくてもよい図書館の貸出サービス

 図書館から本を借り出す人は、借りた本を初めから終いまで読み通すとは限りません。何かを調べたり確かめたりするばあい、関連する本を数冊借りて、役に立つか否か、どの本がいちばん役立つかを、自宅で確かめることがあります。役に立たないと分かればご用ずみです。最近は多くの公立図書館が貸出冊数の限度を10冊前後としており、持ち運びの手間と比較検討のために必要な時間を厭わなければ、自宅でゆっくりと比べることができます。

 小説、エッセイ、評論、詩歌などの文学作品であっても、人はそれを通読するとは限りません。自分で買った本、図書館から借りた本、買ってもらった本、人から贈られたり借りたりした本、いずれのばあいでも通読するとは限りません。まれに目次に目を通しただけで本文を読まない例さえあります。

 本を通読しない理由は人によっていろいろあります。面白くない、期待外れ、好みに合わない、難しすぎる、易しすぎる、タイトルに騙された、など。

 とくに図書館から借りたばあいは、誰にも気兼ねをせずに《通読しない自由》を満喫することができます。これが図書館のショーウィンドー効果、《ごくらく》たる所以のひとつです。

 

参照文献

(1)佐藤亜紀『大蟻食の日記』2004.6.27(アクセス2023.4.16)

(2)富永靖弘「実用書出版社と図書館」in『2015年「図書館と出版』を考える:新たな協働に向けて』(日本書籍出版協会図書館委員会編・著・刊行、2016年)

(3)ウンベルト・エーコジャン=クロード・カリエール著、工藤妙子訳『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(阪急コミュニケーションズ、2010年)