図書館ごくらく日記

図書館に関するいくつかのトピックス

公立図書館の返却遅れ(延滞)を減らす試み(日本のばあい)

 図書館の利用者が借りた資料を返却期限までに返さなかったり、督促をされても返さなかったりすると、図書館はルールを守らない人のために余分の仕事をしなければなりません。とくに返却遅れの資料をほかの人が予約しているばあいは、図書館だけでなく予約者にも迷惑をかけることになります。

 15年ほど前、私は、図書館資料の返却が遅れている人(延滞者)に対して公立図書館がどのような罰則で対応しているかを、調べたことがありました。その結果、日本では①一時的な貸出停止、②一時的な予約受付停止だったのに対して、外国ではほとんどすべての公立図書館が少額の罰金の支払いを求めていました。1日1冊(点)あたりの罰金が少額とは言え、延滞資料の数と日数が多くなれば、年間の罰金総額は図書館の予算をうるおすほどになるのでした。ところが最近、公立図書館の利用が活発なアメリカなどで延滞者に罰金を科さない例が増えつつあります。

 

 というわけで、今回は日本の市立図書館にしぼって、①貸出資料の返却期限についての注意喚起、②延滞者への督促、③返却が遅れたばあいの罰則、この3点の実情を、図書館のウェブサイトを検索して調べてみました。

 時期は2022年1月上旬から2月末まで、対象としたのは市立と特別区立あわせて297自治体の図書館です。この297という数字は、都道府県ごとに少なくとも3自治体で延滞関連の情報を得ようとして、人口の多い順に最低5市、最高10市区にアクセスした結果です。

 各館のウェブサイトの中では、「利用案内」「よくある質問」「図書館からのお願い」「図書館条例施行規則」などを中心に情報を探し、その結果を(1)資料の返却についての注意喚起やお願い、(2)返却の督促、(3)資料を延滞した人への罰則、としてまとめました。

 

(1)資料の返却についての注意喚起やお願い

①ウェブサイトの延滞関連情報の有無

 情報があった館=174(調査した市と特別区297の58.6%)

 情報がなかった館=123(調査した市と特別区297の41.4%)

 ここでいう「延滞関連情報」には、たんに「返却期限を守ってください」と書かれているだけの例を含んでいます。にもかかわらず延滞にかんしてウェブサイトのどの部分でも触れていない図書館が40%以上あったのは、意外でした。

 珍しい例をふたつご紹介します。

 足利市立図書館(栃木県)の「足利市立図書館業務要領」の中にある「図書館資料の返却取扱要領」は、1.目的、2.督促、3.貸出しの禁止、4.亡失等の対処、5.貸出し禁止の解除、6.その他からなり、具体的で分かりやすい、よくできた取扱い要領のように思われます。

 新鮮な感じを受けたのが久留米市立図書館(福岡県)のウェブサイトで、トップページの館名・住所などの下に、大きな文字で次の文言があります。

 「いつも返却期限を守っていただきありがとうございます。

 図書館資料の貸出期間は、15日以内です。

 ルールを守り、みんなで気持ちよく図書館を利用しましょう。」

 《新鮮な感じ》がしたのは、北海道から順番にマイナス・イメージの情報を探しつづけ、福岡県までたどりついて初めてプラス・イメージの呼びかけに出合ったからかも知れません。

②延滞について触れている箇所

 最も多いのは「利用案内」(149館=149の市と特別区。以下同)ですが、同時に「図書館条例施行規則」などの規程類(42館)や「よくある質問」(32館)、「お願い」や「利用マナー」での呼びかけ(6館)などでも触れている例が少なくありません。

 延滞について触れている箇所が最も多かったのは米子市立図書館(鳥取県)で、「利用案内」の中の2か所、「図書館マナーの極意」、「よくある質問Q&A」、「米子市立図書館条例施行規則」の各1か所で触れています。

③返却期限日の予告メール

 次の4館が、返却期限日が近づいた資料を借りている利用者に、その事実をメールで知らせています。現状ではいずれも希望者に限定したサービスで、返却期限日の1日前または3日前に通知しています。

 練馬区立図書館(東京都)=資料ごとに3日前に通知。

 川崎市立図書館(神奈川県)=前日に通知。

 飯田市立図書館(長野県)=1日前に通知。

 富士市立図書館(静岡県)=3日前に通知。

 最近の図書館では、メールによって予約連絡(受付と利用可能通知など)や返却の督促をしている例が増えてきています。返却期限日予告サービスも図書館と利用者の双方にとって有益ではないでしょうか。

 

(2)返却の督促

 督促についてウェブサイト上に何らかの情報があったのは、35市区の図書館(延滞関連情報があった174館の20.1%)でした。

 図書館のウェブサイトにある延滞にかんする表現には、曖昧・不明確なものが少なくありません。資料の返却督促については、「督促する場合がある」「一定の返却期限を過ぎた場合」「一定期間ごとに督促」「一定期間経過後」「返却期限を大幅に過ぎて」「返却予定日を大幅に超過した場合」などがその例です。

 どの時点で督促を始めるかについてウェブサイトに記載しているのは、35館中2館だけでした。「返却期限2週間後に開始」とする足利市立図書館(栃木県)と「一定期間経過後」に電話で督促をし、「返却期限日から3週間経過後」にハガキで督促する鹿児島市立図書館(鹿児島県)です。

 どのような手段で督促をするかについて触れている図書館は35館中に20館ありました。最もよく使われる手段は電話(9館)、ついでメール(5館)とハガキ(5館)です。ほかに督促状、返却催告書、図書館資料返納通知書、文書などの用語を使っている図書館があります。練馬区立図書館(東京都)は自動音声の電話で督促をするとしています。

 多くの図書館が複数の督促手段を挙げている中で、なかなか返却しない人に対して段階を踏んで督促をすることが分かる図書館は、次のとおりです。

 4段階=足利市立図書館(栃木県) ハガキ⇨電話⇨督促状⇨自宅訪問

 2段階=和歌山市民図書館(和歌山県) 電話・メール⇨督促状

     武雄市図書館(佐賀県) 電話・メール⇨督促状

     鹿児島市立図書館(鹿児島県) 電話⇨ハガキ

 (注:和歌山市武雄市は3段階の可能性もあります。)

 

(3)資料を延滞した人への罰則

 延滞した人への罰則についてウェブサイト上に何らかの情報があったのは、152市区の図書館(延滞関連情報があった174館の87.4%)で、罰則について何も言及していないのは22市の図書館(12.6%)でした。

 152館の多くは、①貸出停止(118館)、②予約・リクエストを受けつけない(58館)、③貸出の延長・継続をうけつけない(45館)の3種類のうち、2~3種類を組み合わせています。3種類のサービス停止をひっくるめて、あるいはそれらに別のサービス停止を加えて、「図書館の利用停止」「利用カードの停止」「登録取消」「資料の利用停止」などの表現をしている図書館が、あわせて19館あります。

 以下、延滞者への罰則にかんして何らかの特徴がある例をご紹介します。

 

①罰則の適用が早い例

函館市中央図書館(北海道)

 延滞1日=新規の貸出禁止、新規の予約・リクエスト不可、延長不可

北見市立図書館(北海道)

 1日の延滞=新規の本の予約・リクエスト不可

豊田市中央図書館(愛知県) 

 延滞2日=貸出・リクエスト(予約)停止

鳥取市立図書館(鳥取県

 延滞1日=新規予約不可

 延滞15日=新規貸出停止

 

②罰則(貸出停止)の適用が遅い例

返却期限から95日以上

 浦安市立図書館(千葉県) ただし予約不可が先行する。

返却期限から3か月後

 加古川市立図書館(兵庫県)=概ね3か月(90日)

返却期限から2か月後

 気仙沼市図書館(宮城県)など10館

 

③罰則が段階的に強まる例

函館市中央図書館(北海道)

 「利用案内」の「図書館とのお約束」の「返却を忘れてしまった場合」

 延滞1日=新規の貸出禁止、新規の予約・リクエスト不可、延長不可

 延滞3週間=督促を開始

 延滞4週間=予約・リクエスを取消し。返却しても予約・リクエストは回復せず

北見市立図書館(北海道)

 「利用案内」の「返却期限をお守りください。」

 1日の延滞=新規の本の予約・リクエスト不可

 15日の延滞=新規の貸出不可

大田区立図書館(東京都)

 「利用案内」と「よくある質問」にある説明

 短期貸出停止=延滞4週間で新規貸出と予約受付を停止

 長期貸出停止=延滞4か月で6か月間貸出停止

多治見市図書館(岐阜県

 「多治見市図書館資料運用規程」の(貸出し停止)第11条

  2か月以上の延滞=貸出を停止できる

  6か月以上の延滞で返却した者=3か月の範囲内で貸出を停止できる

名古屋市図書館(愛知県)の「利用案内」と「図書館館則」

 延滞が1か月以上=新たな貸出不可になることがある

 延滞者=一定期間貸出し停止または「個人貸出券を無効または貸出券の再交付不可」

 督促しても返納しない者=亡失とみなし、代品または相当の金で弁償

大阪市立図書館(大阪府

 「図書館資料利用規程」(資料利用の制限)第13条

  (2)資料の利用期間の末日から起算して15日以上経過してもなお返却しないとき

  (3) 資料の利用期間の末日から起算して2月以上を経過して返却したとき

 「資料の利用を断り、又は制限し、若しくは停止することがある。」

八尾市立図書館(大阪府

 「利用案内」の「資料を返す」

 延滞日数:21日以上=停止期間:延滞資料が返却されるまで借出停止

 延滞日数180日以上=停止期間:延滞資料が返却されてから30日間借出停止

 

④「貸出をしない」と受け取れる例

仙台市図書館(宮城県

仙台市図書館条例施行規則」(未返納者に対する処置)第12条「館長は、利用者が図書館資料の返納を怠り、又は督促しても返納しない場合には、以後その者に対し貸出しを禁ずることができる。」

白河市立図書館(福島県

 PDF版の「利用案内」

 「長期の延滞者には貸出ができなくなる」

 

⑤厳しくて幅広い罰則の例

岡崎市立中央図書館(愛知県)

 「利用案内」の「利用制限について」

 「返却期限から60日を過ぎた貸出資料がある場合は、利用の停止をします。延滞資料が返却され次第、利用の停止を解除します。

 利用制限の対象

 貸出、貸出期間の延長、予約、相互貸借、貸出証の再発行、マイページの閲覧などです。

 ※リクエストについては、延滞日数に関わらず、返却期限を過ぎた貸出資料がある場合は受付いたしません。」

 

⑥珍しい罰則の例

岡山市立図書館(岡山県

「利用案内」の「資料を借りる」の注意書き

 {要約すれば、

 1日以上の延滞資料が3冊(点)あると、借覧中の物を含めて5冊(点)までしか借りられない。1か月以上の延滞資料が1冊(点)あると、新たな貸出はできない。}

四万十(しまんと)市立図書館(高知県

 「四万十市立図書館運営規則」(資料貸し出しの停止又は禁止)第18条

 {要約すれば、

 常習的に延滞・亡失・き損のいずれかをする者は、資料の利用を停止するか禁止する。}

 

⑦利用者に費用を負担させる例

名古屋市図書館(愛知県)

 「名古屋市図書館館則」第13条の2

 「個人貸出期間又は団体貸出期間経過後、館長が貸出図書の返納を求めてもなおその図書を返納しないときは、その図書を亡失したものとみなし、第5条第1項の規定を準用する。」

 第5条第1項で、「図書その他の資料を亡失又は損傷したときは、館長{略}の指示するところに従って、代品又は相当の代金をもって弁償させる。ただし、天災その他やむをえない事由による場合はこの限りでない。」

防府(ほうふ)市立防府図書館(山口県

 「防府市図書館設置及び管理条例施行規則」(違反者の処置)第17条

 「館長は、前条の貸出期間内に図書館資料を返納しなかった者に対し、館外貸出の利用を許可しないことができる。

  2 前項の図書館資料の回収に要する費用は、借り受けた者の負担とする。」

 

まとめ

 日本の公立図書館の延滞にかんする対応は、総じてバラエティに富んでいるという印象を受けます。ただ、ウェブサイト上の情報は曖昧・不明確なものが少なくなく、実際の対応についてはほとんど分かりません。

 外国と比べますと、延滞者への対応はふたつの点でゆるやかです。ひとつは、ほとんどの図書館が数日程度までの延滞を大目に見ているように思われることです。もうひとつは、延滞者に罰金を科す図書館が皆無と言えるほど少ないことです。

 日本のようなゆるやかに思われるやり方がいいのか、外国のようなきびしく思われるやり方がいいのか、一概には言えません。彼我の実情が明らかでなく、国民性などの事情がからむためです。

 公立図書館のウェブサイトには、ふじみ野市立図書館(埼玉県)の「図書館利用のお約束5か条」とか大洲(おおず)市立図書館(愛媛県)の「図書館での約束」といった図書館利用のマナーの訴えが掲げられていることがあります。

 阿波市立図書館(徳島県)のウェブサイトには『図書館を愛するみなさまへお願い:図書館マナーブック』(図書館流通センター、2009年)という冊子風のページがあります。その中にある「返却期限に遅れる」という項目は「次の利用者のために、返却期限をお守りください。返却されるまで、新たな貸出ができない場合があります」となっています。この図書館では、同じ内容をふたつ折りのチラシにして、利用案内のラックに一緒に入れているということです。

 私は、これを一歩進め、図書館はサービス面で「○○に努めます」という数項目をかかげる一方、新規登録者と登録更新者は「図書館の規則を守ります」「資料の返却期限を守ります」などの数項目に同意する文書をつくってはどうかと思います。契約書や同意書と称するのは大げさでしょうから、「○○図書館とのお約束」くらいのソフトなタイトルにして、利用者にサインしてもらうわけです。

 村林麻紀氏は「公立図書館における資料の延滞について」(in伊藤昭治古稀記念論集刊行会編『図書館人としての誇りと信念』出版ニュース社、2004年)の最後の部分で次のように書いておられます。

 「延滞については隠された部分が多いが、その実情を知り対策を考える上で、情報交換し合う必要があると思う。」

 私も同感です。延滞の問題にかぎらず、課題は隠すよりも、情報を共有して知恵を出し合う方が解決に近づくはずです。最近はウェブ上で会議や授業ができるようになっていますので、関心のある数人のミーティングで実情を話し合うところから始めてもよいのではないでしょうか。その結果を、図書館関係の雑誌や都道府県の(公共)図書館協(議)会のウェブサイトなどで発表すれば、全国への情報発信となり、延滞対策を考えるための有益な資料にになるのではないかと思います。

 次回は、外国の公共図書館の延滞対応(とくに罰則)をごく簡単に取り上げる予定です。