図書館ごくらく日記

図書館に関するいくつかのトピックス

調べる場としての図書館

 多くの人が図書館で調べものをしています。調べものと言ってもいろいろなケースがあります。

たとえば、東大阪市に住むある11歳の少年は、調べたいことがあれば家の近くの図書館へ行っていたけれど、図書館が遠くへ移転したので不便になってしまい、「図書館はとても便利で大切な施設なので、すぐ行けるきょりにあってほしいです」と訴えていました。(『読売新聞』2016920日朝刊「気流」欄「図書館遠くなり調べもの不便に」)

 

 たとえば、ノンフィクション作家・評論家の保阪正康氏は、東条英機の評伝を書くために多くの関係者に取材する一方、「国会図書館3年ほど通い詰め、昭和20年までの近代史の史料をほとんど読みました。」(『朝日新聞2014210日夕刊「人生の贈りもの 1」)

 

 たとえば、『夢をかなえるゾウ』というベストセラーを書いた作家の水野敬也氏は、「僕は何かを調べようとするとき、国会図書館によく行きます。一週間続けて通うときもありますし、何もなくてもふらっと行く。僕が抱えている課題も、ここに行けば絶対解決してくれる」と言っています。(『読売新聞』2015412日朝刊)

 

 このおふたりが触れている国会図書館は、国会議事堂の近くにある国立国会図書館のことで、18歳以上なら誰でも利用できます。国内で発行された本や雑誌、新聞などをすべて集めることを原則としているため、日本でいちばん蔵書の多い図書館です。「ここに行けば絶対解決してくれる」と言わせるだけの資料と職員をそろえているわけですね。

 

 図書館で調べものをする人にとって大事なのは、そのための資料(レファレンスツール=辞書・事典・地図・年鑑・統計など)がそこにそろっていることです。都道府県立や政令指定都市立レベルの中央図書館はそれなりに充実したレファレンスツールをそろえていますが、市町村の中小図書館では必ずしもそうはいきません。

 

 近年は、利用者がデータベースを使って調べものをできる図書館が増えてきました。当ブログの「データベースの利用」では全国的な傾向が分かりますが、最寄りの公立図書館でデータベースが使えるかどうかを知りたければ、その図書館のウェブサイトにアクセスするか、電話で問い合わせればわかります。

 

 でも、調べものに役立つのは、レファレンスツールだけではありません。

 たとえば、島木健作の小説『第一義の道』の主人公順吉は、長い獄中生活から解放されて「毎日図書館に通ひ古い新聞を繰りひろげて見て、自分が留守であった五年間の社会の現実の動きについてたとへその表面にあらはれたところだけでもできるだけ詳しく知らうと努力した」のでした。実家には母がいて、外出して旧友にも再会しながら、若い順吉は図書館にある過去の新聞によって、社会の変化を読み取ろうとしたのです。

今では古い新聞をめくりつつ社会の変化を調べることはまれでしょう。もっと手っ取り早い方法がたくさんあるからです。でも、何かを調べるとき、レファレンスツール以外のごく普通の本や雑誌、新聞が役に立つことも少なくありません。

 

 たとえば、江戸時代の末期、イギリス、アメリカ、ロシアなどが小笠原諸島の領有権を主張しました。列国の捕鯨船などが航海するとき、この島々が重要な位置にある一方、江戸幕府はその領有権にかんして手を打っていなかったからです。

 追い詰められた幕府は、塙保己一はなわ・ほきいち)が設立した和学講談所に、領有権を裏づける資料があるかもしれないと思いつきました。

保己一の後を継いだ「{塙}次郎は直ちに講談所の文庫{図書館}に所蔵されている文書を詳しく調査し、その晩のうちに、その由来について報告文書をまとめ、小笠原島の地図も添付して、早速、翌朝には回答したのです。

 この重大な調査が短時間にできたのは、この文庫の数万点にもおよぶといわれる歴史資料が整然と分類され、いつでも利用できるようにしてあったからです。」(堺正一著『素顔の塙保己一』(埼玉新聞社2009年)

 その後も紆余曲折がありましたけれど、小笠原諸島の帰属問題は欧米列強の介入をかろうじて防ぐことができ、1876年、正式に日本の領土になりました。

 

 もうひとつ、図書館で調べものをする人にとって大事なのは、調べ方が分からなかったり、調べても満足な結果にたどりつけないとき、相談を受けつけてくれる図書館員がいることです。

この調べものの相談に応じるサービスを、図書館ではレファレンスサービスと言っています。このサービスを担当する職員にはベテランが多く、レファレンスツールで手がかりを得られないばあいに「何を調べれば情報が得られるか」をよく知っています。

 

 また、必要な情報をその図書館で提供できなければ、他の情報源に助けを求めてくれることもあります。森谷明子氏の『花野に眠る』という5話からなる小説の第3話「小暑」には、経験の浅い図書館員が「大きな卵焼きの作り方」を知りたくて図書館にやってきた女性の質問に応えることができず、知り合いの新聞記者に電話で助けを求めて、結局、利用者の女性が満足して帰るという話が出てきます。

 

 「電話」で思い出しましたが、最近の公立図書館では、利用者からの調べものの依頼(レファレンス質問)を電話やメールでも受けつけるところが多くなっています。

 かつて私は、公立図書館のカウンターでごく簡単な質問をして、気持ちが萎えるような応対をされたことが何度かありました。電話やメールでの質問なら、そのような心配はありませんね。

 

 さらに、国立国会図書館が全国の多くの公共図書館大学図書館と協力して作り上げている、レファレンスサービスにかんするネット上の仕組みもあります。無料で公開されている「レファレンス協同データベース」で、一般に役立つのは「レファレンス事例」と「調べ方マニュアル」です。

 これは、この仕組みに参加している図書館が実際に受けつけたレファレンスの質問とそれに対する回答を登録してゆき、検索できるようにしたものです。たとえば、「食品偽装」と入力すれば、関連質問とその解答例が表示されますし、この問題についての雑誌記事や図書の情報も得ることができます。

 

 最後に、フィクションの中での話ですが、「不適切な相手に惚れる」小説についての読書相談の例をご紹介します。

数年前、アメリカの作家ジョン・アーヴィングの『ひとりの体で』という上下2冊の本が刊行されました(新潮社、2013年)。語り手の「私」は70歳を目前にしたバイセクシュアルの作家ビリー・アボットという人で、みずからの人生を振り返るという設定です。

 あるとき「私」は町の図書館へ行き、「不適切な相手に惚れる話」に関心があると言って、かなり年上の美人司書ミス・フロストから3冊の小説を勧められます。ブロンテ姉妹の代表作『嵐が丘』と『ジェーン・エア』、ヘンリー・フィールディングの『トム・ジョーンズ』です。以来、「私」はその司書に恋をし、本が好きになって彼女の勧めるさまざまな作家の多くの小説を読むようになるのでした。

 このようなきっかけで「私」が作家に成長したわけなので、ミス・フロストの応対は「適切」だったのかもしれませんね。