図書館ごくらく日記

図書館に関するいくつかのトピックス

代理で図書館から本を借りる人たち

 図書館では、やむを得ない事情のある人に代わって本を借りることができます。「やむを得ない事情のある人」とは、未就学の子ども、怪我人や病人、歩行のむずかしくなった高齢者、などです。

 

 たとえば、ジャーナリストの松井やよりは高校生時代を中心におよそ4年間、結核のために自宅療養していました。彼女の『愛と怒り 闘う勇気』(岩波書店2003)の中で弟の平山基生氏が証言するところによりますと、「姉は{青山学院}高校二年生のとき結核を発病した。小さな畳の部屋に、ベッドを入れて長い間臥せっていた姉の姿が今でも目に焼き付いている。僕はそのころ青山学院中等部に通っていた。中等部の図書室には世界の名音楽家伝記全集があった。その全集を僕はせっせと自分名義で借り出して、病床の姉のところに持っていった。それはかなりの冊数であった。姉は片っ端から読破したので、僕は次から次へと借り出す運び屋をやらされた」ということです。

 

 黒人であるために図書館を利用できなかったアメリカの作家リチャード・ライトのばあいは、代理で借りたのではなく、代理のふりをして借りたケースです。その話は『ブラック・ボーイ:ある幼少期の記録 上下』(岩波文庫1962年)の下巻に載っています。

 この本は自伝的小説ですが、主人公の少年の名はリチャード・ライト、その4歳から19歳までの成長を「ぼく」自身が語ります。なので、図書館から「代理のふりをして本を借りる」エピソードは、たぶん事実に基づいているのだろうと思います。

 アメリカ南部の町メンフィスの「河岸の近くに、大きな図書館はあったけれど、ここの書棚を利用することも、町の公園や運動場と同様、黒人には許されていなかった。これまでに何度か、うちの店で働いている白人の使いで、本を借りにこの図書館へ行ったことはある。あの中に誰か、ぼくのために、本を借り出してくれる人がいるだろうか?」

 リチャードは黒人反対論者でないたったひとりの男を見つけ、男は規則違反をして少年の願いを聞きとどけます。その手口は、自分名義のカードを少年に預け、自分は新しく作った妻名義のカードを使うというものでした。少年も男の承認のもと、男の伝言文を偽造して自分の読みたい本を借りるのでした。

 

 小川洋子氏の『ミーナの行進』(中央公論新社2006年)では、芦屋の伯母夫婦に預けられることになった中学1年生の「私」が、従妹であるミーナ(本名は美奈子、小学6年生)のために自分の貸出カードで市立図書館から本を借ります。

 「私」の貸出カードを作ってくれた芦屋市立図書館の職員は、白いとっくりセーターを着ていたので、「私」はひそかに「とっくりさん」と呼ぶようになります。彼は「まだ若くて大学生のように見えるのに、仕事ぶりは落ち着いていて、きっと長く図書館に勤めている人なのだろうという感じがした。本を扱う手つきは丁寧でありながら無駄がなく、図書館の静寂に溶け込む穏やかな声を持っていた。」

 

 1年後、「私」が岡山へ帰ることになり、図書館の貸出カードを返そうとしますと、とっくりさんは「芦屋一利発な中学生の利用者が去ってゆくのは、図書館としても損失やな。岡山でも、たくさん本を借りるねんよ」と別れを惜しんでくれるのでした。

 この小説では、図書館員のとっくりさんがとても魅力的な青年に描かれているのが印象的です。

 

 森谷(もりや)明子氏の『れんげ野原のまんなかで』(東京創元社2005年)の第3話。

 あるスーパーマーケットのコピー機に、A4サイズの用紙1枚が忘れられていました。紙の内容は女性6名の氏名、住所、貸出本のタイトルリストです。それらはすべて『シリーズ日本の美術』の豪華本で、総額120万円にもなるものでした。

 図書館が調べますと、6名は全員が貸出登録をしており、貸出の記録もありました。ところが本人たちに連絡をとったところ、だれも貸出登録も貸出手続きもしていないというのです。

 これ以上は種明かしになりそうなので、書きません。

 

 最後に、現実にあったとんでもない例をご紹介します。

 2016年9月、神戸市立図書館の職員が、本人、親族、友人、架空名義の図書館カード26枚を使って本を借りていたことが発覚しました。

 発覚したきっかけは、ある本の予約をした人が、いつまで待っても予約順位が2位のままなのを不審に思って、図書館に問合せをしたことでした。ふつう図書館で本の貸出予約をしますと、借りている人が返却するたびに予約の順位が1つずつ上がります。

 神戸市立図書館で他人名義・架空名義のカードを使っていた職員は、自分の借りた本を長く手元に置くために、悪知恵を絞ったのでした。

 

 カードを不正に使ったのは、市立新長田図書館に勤めるTRC図書館流通センター)の社員で、914日付のTRCの「弊社元契約社員による、神戸市立図書館カードの不正利用について」によりますと、この行為は「過去2年間にわたり」つづいていたとのことです。

 また、本人が831日付で諭旨退職とされたことも記されています。