図書館ごくらく日記

図書館に関するいくつかのトピックス

図書館で寝泊まりする人たち

図書館で寝泊まりする人には、図書館の職員と、図書館の利用者の2種類があります。

 

偉大な数学者にして哲学者であったドイツのゴットフリート・ライプニッツ1646-1716)は、ほとんど生涯にわたって図書館にかかわった人でもありました。そして、ありきたりの学者司書ではなく、3つの図書館を移りゆくなかで、実務面で数々の改革を成し遂げたのでした。ライプニッツについては本ブログの「あの人も図書館員だった」で少し詳しく触れますが、ここでは彼が図書館を住いとしていた話です。

1676年、30歳のときに、ライプニッツは請われてハノーファー公の顧問官兼司書になりますが、なんと宮殿の中にある図書館に住み始めたのでした。「その後も図書館が移転するたびに、一緒に動いているところからすると、かなり気に入っていたのかもしれない。最高の職住接近であるが、やや公私混同の感も否めない」と、佐々木能章氏の『ライプニッツ術』(工作舎2002年)に書かれています。彼が亡くなったのも、図書館内の自室だったということです。

 

アルゼンチンの国立図書館長と言えば、作家のホルヘ・ルイス・ボルヘスが有名ですが、ボルヘスの前任者のポール・グルーサック(1848-1929も、フランス生れのアルゼンチンの作家でした。ふたりには優れた作家という以外に、図書館長になったときすでに盲目だったという共通点がありました。グルーサックは目が不自由だったせいか、国立図書館を住いとし、そこで亡くなりました。

 

会員制のロンドン図書館で館長だったチャールズ・ハッグバーグ・ライト(1862-1940)とクリストファー・パーネルも勤務先の図書館を住いとしていました。ジョン・ウェルズの『ロンドン図書館物語』(図書出版社、1993年)に次のようなくだりがあります。「彼の前任者{ライト}にならって図書館内に住むことになったパーネルは、地下室で眠り、ガスコンロは館長室のものを使っていた。」

ちなみに、およそ200年の歴史をもつこの図書館は今も存続していて、会員登録には会費が必要です。

 

 日本では、評論家の渡部昇一大学図書館2年間ほど寝泊まりした経験を書いています。「図書館に住む」(『知的生活の方法』講談社新書、1976年)という短い文章です。

 「この、空間に苦しめられた私が、二年間ばかり、異常な幸運に恵まれたことがある。それは海外留学から帰ってきた直後のことであった。留学中も同じく衣食を節して本を買ったのであるが、当然、東京には置くところがないので、大学宛に送った。そして帰ってくると上智大学の講師になり、志願して図書館の住込み宿直員になった。図書館のまだ空いているところに私の本を置いてもらい、同じ建物の中の夜警宿直者用の小部屋に住まわせてもらうことになったのである。普通の日は図書館は七時ころまでには閉まる。私は窓が全部閉まっているかどうか、三階建ての建物を見廻る。そして鍵をおろす。するとこの建物は私の城となった。」

 「空間に苦しめられた私」とは、研究に必要な本を買いつづけて、それを置いておく場所(空間)に困り始めていた私、という意味です。そして、

 「考えごとをするときは、真夜中の図書館を一人こつこつとあるくのである。なんという贅沢であったろう。こうして私はプラトン全集を読み、アリストテレスの相当の部分を読んだ。本は月給のあらかた――と言っても大した金額ではなかったが――を使っても、置き場に困ることはない。何しろ大学図書館が置き場だったのだから。」

 図書館を極楽のようだと思った人がここにもいたようですね。

 

 図書館で寝泊まりする利用者は少なくありません。ただし、その多くは試験間近と試験期間中の、おもに外国の大学図書館で見られる光景です。

 

 フィクションの世界にも、図書館で寝泊まりする人たちがいます。

 ウィリアム・モリスの『ユートピアだより』で語り手を案内する青年の曽祖父は、長年、大英博物館(現在の英国図書館)で「本の管理人」をしていました。105歳を過ぎた今は仕事をさほどできないのですが、たいていそこに住んでいます。青年によれば、曽祖父は「自分を蔵書の一部であるか、あるいは蔵書が自分の一部であるかのようにみなしています。」(ユートピアだより』晶文社2003年)

 

 村上春樹氏の『ふしぎな図書館』(講談社2005年)では、少年が騙されて市立図書館の「読書室」という名の牢屋に閉じ込められ、3冊の分厚い本をすっかり暗記するように強制されます。1か月後に試験をうけて、暗記できていれば牢屋から解放されるという理不尽な条件です。囚われの少年はやむなくそこで寝泊まりを始めるのでした。

 同じ著者の海辺のカフカ』(新潮社、2005年)でも、東京から家出してきた主人公の少年カフカが、高松市にある私立図書館の空いている部屋に寝泊まりするようになります。図書館の人に泊まる場所がないと相談したところ、簡単な雑用をすることを条件に、図書館での寝泊まりを勧められたからです。

 

 韓国の作家キム・オンスの『設計者』の主人公レセンは腕利きの暗殺者ですが、9歳から17歳まで、育ての親である「狸おやじ」の管理する蔵書20万冊の図書館で暮らしました。「同年代の友だちがいなかったレセンにとって、図書館は唯一の遊び場でもあった。レセンはいつも書架と書架の間を駆けまわって遊び、{二階にある}この小さな机で本を読みながら幼少期のほとんどを過ごした」のでした。(『設計者』クオン、2013年)