図書館ごくらく日記

図書館に関するいくつかのトピックス

学びの場としての図書館

 図書館で勉強しようとする若者は昔からいました。たとえば、

 

 東京都がまだ東京市であった1920年代の半ば、市は中学生に市政に関する懸賞論文の募集を行いました。多岐にわたる分野のひとつに社会教育があり、希望・要望が多かった中に公園と図書館がありました。とくに図書館に関する要望は、いずれも自分の経験からその必要を論ずるもので、「痛切の響」をもって増設と改良を求めていたということです。

 

 ある女学校の2年生は「自学自習のできる図書館に私たちを入れないのはあまりにも遺憾」と嘆き、入館資格のある中学校4年生は「収容人員の何倍かの群は、図書館の前で多くの時間を浪費している」と憤っていました。それを補足するように、別の中学生は図書館で勉強するために、「受験期に日比谷で四時間も待たされたことがある」と書いています。当時、東京市の図書館は10館に満たなかったので、そこで勉強をしたい学生は席の奪い合いをしなければならなかったのです。(東京市政調査会編『小市民は東京市に何を希望してゐるか』東京市政調査会1925年)

 

 一方、公立図書館が学生に占拠される状態を嘆く声は昔も今もあり、「図書館は勉強をする場所ではない」と考える図書館員も少なくありません。たとえば、

 書誌学者の谷沢永一(たにざわ・えいいち)は次のように書いています。

 「その弊を誰も知りながら憚って言わぬのは公共図書館を占拠する学習生徒の問題。「試験前ともなればもちろん、休日――特に天気の悪い日――や午後には、閲覧室はほとんど全部といってよいほど生徒で満員となって、真の閲覧者の着席する余地は全くなくな」っている。解決の為の「次善の策として、公民館に生徒用の学習室を設けて、生徒を収容するような対応策」を案じるなど、長澤規矩也の現実的な提案を冷静に検討すべき時期ではないのか。」(「占領軍に盲従して国情を無視した戦後の図書館制度」in谷沢永一『紙つぶて(全)』文春文庫、1986年)

 

  では、現在の公立図書館はどうしているでしょうか。このブログの「バラエティー豊かな公立図書館」にある「学習室」の記事ご覧いただければ、図書館のさまざまな対応ぶりがお分かりいただけます。

 公立図書館が行っている学校と学校図書館への支援については、いずれ「バラエティー豊かな公立図書館」のなかで触れるつもりです。

 

 201112月と124月の2度、国立国会図書館のサイト「カレントアウェアネス・ポータル」に、能美(のみ)市立辰口(たつのくち)図書館が「合格図書館」を開設したという記事が掲載されました。

 この図書館で勉強をすると受験に合格するといううわさが広まり、図書館は2階の研修室を「合格図書館」と名づけて自習のために開放し始めたのでした。対象者は高校と大学の受験生だけでなく、各種試験の準備をする人や自習する人をも含んでいました。期間は冬休みから3月までの土曜・日曜です。

 合格図書館の試みは2011年度から5年間つづきましたが、2016年度からは開設されていません。電話で同館に確かめましたところ、利用する人が少なくなってきたことと、「塾のようだ」という批判があったから中止したということです。「塾のようだ」と言われた理由は、北陸先端科学技術大学院大学の院生や、大学生となった先輩が学習支援員としてサポートしていたからのようです。

 

 ここで外国の例を少しご紹介しましょう。

 イタリアの図書館で長く館長をつとめたアントネッラ・アンニョリ氏は、『知の広場:図書館と自由』(みすず書房2011年)の中で次のように書いています。

 「公共図書館の抱える深刻な問題の一つに、大学生による座席の占拠がある。これは大人数を収容する大学図書館の少ないイタリアでは、とくに問題となっている。」

 

 毎日新聞の記者だった黒岩徹氏が書いた『豊かなイギリス人』(中公新書1984年)という本があります。やや旧聞に属するきらいがありますが、それによりますと、イギリスの学校教育にはプロジェクトと呼ばれる教授法があって、児童生徒は数週間から1学期間かけて、自分の選んだ題目について調べ、その結果を書き上げるということです。

 ところが、調べる場所が学校の図書館というよりも、近くの公立図書館なのですね。小学生ひとりと中学生ふたりとの具体的な例が挙げられていますが、中学生ふたりはたびたび公立図書館を訪れて調べ物をし、立派な報告書を仕上げたのでした。

 

 国立国会図書館のサイト「カレントアウェアネス・ポータル」には、21世紀に入ってから、アメリカの公立図書館による学習支援の記事がときどき掲載されるようになりました。

「宿題支援」とか「図書館の中の先生」と称するサービスです。これらはいくつかの州で行われていて、たとえばイリノイ州のシカゴでは、2000年からこの種のサービスを始め、2013年には57か所で実施したとのことです。利用する子どもは小学生から高校生まで幅広く、教員資格をもった人が宿題やレポートの作成を支援しています。(カレントアウェアネスE, no. 231

 またアメリカには、公立図書館のプログラムによって高校卒業資格を取得できる図書館が、オハイオ、カリフォルニア、コロラドニュージャージー、フロリダなどの州に出てきています。

 

 北欧の図書館についての本を何冊も出している吉田右子氏は、ノルウェースウェーデンデンマークなどの公共図書館には学習スペースを確保しているところが多く、「そして今、学習の場としての図書館をもっとも必要としているのは組織に属していない人びとである。学校の中退者、失業者、高齢者、移民・難民などのマイノリティにとって図書館は数少ないコミュニティ参加の場所であり、学習のための重要な拠点となっている」と書いています。(吉田右子『デンマークのにぎやかな公共図書館』新評論、2010年)

 

 ちなみに、「public library」と「homework」(宿題)を組み合わせてネットで検索しますと、さまざまな国の「homework help」(宿題支援)や「homework club」(宿題クラブ)が驚くほどたくさんヒットします。

 

 このように、日本を含めた世界各国で、公立図書館は児童・生徒から社会人までの学びの場となっているのです。